| ノーベル賞受賞者田中氏が教えてくれたこと |
◆民間の研究者がノーベル賞を受賞
今年のノーベル化学賞に田中耕一氏が決まった。一昨年の白川英樹筑波大学名誉教授、昨年の野依(のより)良治名古屋大学教授に続き、日本人による3年連続化学賞受賞という快挙であった。また、物理学賞の小柴昌俊東京大学名誉教授とのダブル受賞でもあった。
日本のノーベル賞受賞者の多くが大学などの公的機関の博士クラスの人たちであるのに対し、田中氏は会社のセールスにも同行するサラリーマン研究者であった。アメリカでは日本とは逆で、民間の研究者の受賞が多く、今回のようなケースは当たり前らしいが、日本では始めてのケースであり、画期的な出来事である。
◆「アンチ優等生」だった田中氏
そのことよりもっと私の興味を引いたのは、田中氏の経歴と謙虚な態度であった。東北大学という地方の大学で学び、学生時代は目立たず、成績もよいほうではなかった。就職も第一志望であったソニーは面接で落とされ、大学では留年を経験している、いわゆるエリートではなく「アンチ優等生」であるということであった。これらの失敗が田中氏を一回りも二回りも大きい器にし、同時に田中氏のあの見事なまでの謙虚さを育てたのではなかったか。そしてコツコツ努力することこそ自分の生き方だと悟ったのではないかと思われる。失敗したことをムダだと考える理由は何もないのである。逆説的だが、失敗したからこそ見えてくるものがあるのであろう。
◆ムダなものは何もない
大発見を生んだ開発の経緯も間違って作った試料を「捨てるのがもったいない」とそのまま使ったのが功を奏した。ムダなものは何もないのである。また、「専門知識があったら、常識にとらわれてしまい、打ち破るのが難しかったかもしれない」と本来の専門である電気から生化学へという、異なる視点の発想が常識を覆した。電気を学んだことはここでも、ムダなことではなかった。
NHKの日曜日の「中学生日記」という番組で、ストリートダンスに夢中になっている中学3年生の男の子が、「学校の勉強はムダで面白くない。社会に役立つことを教えて欲しい。」と言っていた。しかし、現実に自分に関わっていることをムダと考え、いいとこ取りばかりを考えている限り、その子の将来は知れているだろうと、今にして思うようになった。人間のやっていることは、一見ムダのように思えることが、人間を、あるいはすばらしいアイデアを生み出しているのだと思うようになったからである。
◆田中氏の謙虚さはどこからきているのか?
また、私をさらに注目させたのは、田中氏の謙虚な対応ぶりであった。「金や名誉には頓着のない性格は父親譲り」と語っていたお兄さんやお母さんの態度もまた謙虚であった。こういう謙虚さの芽は家庭によって培われたものであろう。子どもは親の言うことをするのではなく、親のやっていることをマネするのである。
久しぶりに気持ちのいい昔気質の日本人を見た思いがした。
(くらじゅく通信2002年10月号より) |
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