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塾長のコラム

お遍路 結願(けちがん)(HP用)

◆3回目のお遍路
今年も四国八十八ヶ所の霊場を巡るお遍路に出かけた。例年と同じ8月11日出発の17日着の日程である。夏目漱石の坊ちゃんで有名な松山道後温泉の近くの51番札所・石手寺を皮切りに、結願寺88番札所大窪寺まで471キロの道のりであった。これで、四国八十八ヶ所の霊場巡りの総走行距離は1,568キロとなった。松山へは六甲アイランドからフェリーで渡り、帰りは高松港から神戸港へフェリーでもどった。陸路はいつもの通りすべて自転車で移動した。お遍路を発心(ほっしん)してから三回目の四国巡りとなる。

一回目は平成16年に神戸港から高松港へフェリーで渡り、高松から高知まで
543キロを走った。番外種まき大師さん(東林院)から31番札所竹林寺まで巡拝。二回目は次の年、輪行バッグをかついで大坂まで行き、夜行のJR快速ムーンライト高知に乗って高知まで移動した。あいにく高知行きのフェリーがなくなったのだ。飛行機を利用する人が増えたからだろう。時代の流れを感じざるをえない。高知から松山まで554キロを走破し、31番札所から51番石山寺まで巡拝を終えた。

◆極楽のあまり風
今年は八十八ヶ所巡拝結願の年で、準備も例年になく気合が入った。夏休みに入ると、ほぼ毎日10キロのランニングを出発の日まで続けた。夏は授業が早い時間から始まるので、どうしても朝早く走ることになる。しかし朝早くといえどもかなり暑いので、ペースもあまり上がらなかったが、精神的にはかなり充実したものを感じた。『今年必ず、結願する。』という思いが原動力になっていた。体調も今年が一番よかったが、自転車での遠乗り、坂道対策は不十分であった。

案の上、お遍路での坂道は本当に苦戦した。ただ昨年命をちぢめたトンネル(?)が2ヶ所しかなかったこと。そして、こげどもこげども前に進まない行く手を阻む向かい風がなかったことがうれしかった。熱さも昨年のコンクリートジャングルの灼熱地獄とはうって変わって、国道に点在する水田が「極楽のあまり風」を送ってくれた。夏の暑い日に京都の長屋の土間を吹き抜ける風を「極楽のあまり風」と言っていた祖母のことを想いだした。「打ち水で気温を下げる」という運動を展開している環境団体があるが、昔からの日本人の知恵だと身体で納得した。日本各地に水田が増えれば、気温を下げるのみならず、食糧自給率などの回復にもつながるのではないだろうか。一挙両得である。

 

◆苦戦の連続
今年のお寺は想像以上に急な坂が多く、仙遊寺、横峰寺、雲辺寺、白峰寺は特にしんどかった。その中でも横峰寺には特に難儀した。寺までの最後の6キロは急勾配でほとんど自転車を押して進んだ。自転車に乗っても時速4〜5キロ位しか出ず、初めて納経の門限に間に合わなかった。あきらめず、もがきにもがいて着いたのは5時
10分。(幸いにも、私の時計は5分進んでいた。本当は5時5分。)しかし、幸運にも納経していただけることになった。その納経していただいた女性(私より少し年上か?)から「もうお年ですから無理をなさらずに」とのお言葉をいただいた。

小さい頃からお寺で聞く法話は素直に受け入れられるように育ってきた。年はとっても、お寺の住職の前ではいつも素直な自分がいる。弘法大師さんのお言葉としてありがたく受け止めることにした。しかし、一方で「あきらめず、必死になって」やろうとする私がとても好きだと別の自分が肯定している。私の大好きな、サムエル・ウルマンの「青春」の詩が私に勇気を与えてくれる。その一節を書いておこう。

青春とは臆病さを退ける勇気
安きにつく気持を振り捨てる冒険心を意味する
時には、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある
年を重ねただけで人は老いない
理想を失うとき、初めて老いる

◆見る前にとべ!
私の座右の銘は「見る前にとべ」である。行動しなければ何も見えてこない。行動すれば何かが見えてくる。何かが動く。しかしながら、しっかりとした「準備」なしには「とぶ」ことはできないであろう。人間は25歳以降、肉体的には老化の一途をたどる。しかし、私が尊敬してやまないプロスキーヤーの三浦敬三氏は100歳まで現役のスキーヤーであった。氏のストイックなまでの食生活に対するこだわり・ユニークなトレーニング方法は見習うべきことが多い。60歳近くなった私もその摂理からはのがれられないが、少しでもその老化を遅らせる努力をしていきたい。肉体的な衰えに対して、精神的なものは、それに反比例して強固なものとなっていく。「ねばり強さ」「あきらめない」、そして「状況判断」「決断」は、年を重ねることで、強固で的確になっていく。

そういう意味では、40歳後半から始めたトライアスロンは肉体的にも精神的にも私をタフにしてくれたように思う。とにかく距離というものに対する恐れがなくなった。最終目標だった宮古島トライアスロン総距離200キロのうち自転車の占める距離は155キロである。この距離を私は過去2回のレースとも、約6時間で走破している。四国八十八ヵ所自転車遍路を計画した当初、一日100キロを目標としたのはこの裏づけがあったからである。2回目のお遍路では150キロちかく走った日が2日あったが、155キロ走ったという経験がなによりの心の支えとなった。

◆本当の『準備』の意味
人の営みのおもしろさは、当初目的のちがうことをやっていても、いつかそれが変容して全く別の目的になるということである。おそらく、私はトライアスロンをやっていなければ、今回の自転車お遍路は考えもしなかったであろう。「準備」というものは、何かをしようと決心してから始めているのでなく、実はかなり以前からやっている様なのである。人は一見ムダに思えることも、あとから考えれば「準備」の一部分であったと言える行動をとっているのではないか。そういう意味で、いま目の前にあること、いま目標とすることに全力を傾けたいものである。

来年の春、弘法大師真言宗総本山高野山金剛峯寺に参拝する予定であるが、やはり自転車で行くつもりにしている。そして、5月の連休を利用して再度四国に行き、今度はじっくり、四国の自然を感じながら歩いてみたい。そして自転車お遍路で見えなかったものを見てみたい。これが、お遍路結願の前日に啓示された次のプログラムに対する私の回答である。(もっと、詳しいことを知りたい方は読書くらぶのホームページのお遍路日誌(その3)をごらん下さい。)       


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