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塾長のコラム

お遍路日誌 その2 平成17年

お遍路日誌(その2)
平成17年8月16日

◆霊山岩屋寺
 午前7時に朝食。フロントでチェックアウトするがカードが使えず(四国はこれが多い)後日振込みすることにしてもらった。順番からいくと大宝寺(たいほうじ)が先なのだが岩屋寺へ行くことにする。初めての逆まわりであるが順通りにいくと1時間以上ロスするので決断する。古岩屋荘から岩屋寺まで約2.5キロのくだりで直瀬川を渡り有料駐車場に自転車を置き歩いて岩屋寺をめざす。
  かなりの勾配である。途中から階段になるがこの階段は曲がりくねって岩屋寺へと続いている。岩がオーバーハングになっているその下に本堂がある。ちょうど岩のほら穴に本堂があるようなかっこうになっている。ここの本堂は大師堂よりも小さい。それはご本尊の不動明王が二体あって、本像の方は本堂に安置してあるが石造のほうはお山に封じ込んである。つまりお山全体がご本尊様ということなのである。オーバーハングになっている岩場には、いくつもの穴があり、そこで弘法大師が修行したことのこと。その迫力に思わず身がすくむ。まさに霊山である。
  今回のお遍路で、一番印象に残ったお寺である。今いるのは、私一人。静寂の中でこの霊山と同化している。納経所でB5版わら半紙に刷った「あなたは他人様のために何ができますか?」という題のチラシをいただいた。今までこのようなメッセージを文章の形でいただいたのははじめてであった。その心配りがありがたい。

◆お遍路の意味
 下りの石段の下の方で一組の御天婦にお会いした。ご主人は足が悪そうで階段に沿って取り付けてある手摺を頼りに上がってこられる。それを奥さんがそばでかいがしく付き添って助けておられる。お遍路では病気を克服するため、心を癒すためにこられる方も多いと聞く。下の茶店に立ち寄ると、そこの女将が「先ほどのご主人は脳梗塞で体が不自由になって、お遍路にこられた」と話してくださった。
  こういう人達にはこの岩尾寺はとてつもなく難行になるだろう。ロープウェイをつけてほしいという希望も多いらしいが、お遍路を一つの修行と考える本来の姿からして邪道であろう。便利さが人の心を怠惰にしてしまう。それは日常生活の中でいやという程みせつけられているではないか。私の目的どうか。今や、当初の目的であった亡き母が歩いたことの追体験と先祖供養だけではない様な気がしてきている。2回のお遍路のあと、不思議なこと、不思議なご縁に恵まれている。それは何故なのか。何か掴めそうでつかめないもどかしさがある。第八十八番札所大窪寺(おおくぼじ)に行き着くまでに掴めるのか。高野山へ行けばわかるのか。走り続ける以外ない。

◆三坂(みさか)峠
 もときた道をもどり大宝寺(たいほうじ)へむかう。比較的広い道の12号線を走る。大宝寺口からの坂を登り自転車を止めて3メートルはあろうかと思われる大わらじが左右に祭ってある山門に入る。蜂がよく寄ってくる。汗ばんだ身体に蜂を誘引する何かが含まれているのだろうか。大宝寺からの坂道を下り33号線にぶつかって松山方面へと向かう。風は向かい風。進まない。そして少しずつのぼり勾配になっているようだ。三坂峠に向けて少しずつ歩みを進めるといった感じだ。
  途中四国にもスキー場があるとは聞いていたが久万(くま)スキーランドの入り口が進行方向右側にみえた。さらに登ると三坂峠だ。後で聞いた話であるが峠の右側からは松山のすばらしい景観が望め、ハングライダーも飛んでいるらしい。そんなことも知らず、その三坂峠をこえ下りに入る。ワインディングロードをかなりのスピードでかけおりる。
  長珍屋の看板のところを右に折れなさいと、岩尾寺の茶店の女将に言われていたので行き過ぎないようにと慎重に下りるが、少し行き過ぎてしまう。200メートル程戻って教えてもらった近道を下る。道幅が狭くかなりの急坂である。三坂峠から下るときもブレーキを握りっぱなしなので、手の握力が落ちている。慎重に下る。V字谷の下のほうに降りていく。すばらしい景色であった。

◆四国の農業が変わってきている
 
途中キウイフルーツの樹林があり、その持ち主と話す。「西宮から来た」と言うとあまりピンとのないので、「神戸から」と言うとすぐ分かったようだった。(これからは西宮の案内パンフレットを持ち歩く必要がありそうだ。)その同年輩と思われる人はえらい遠くから、しかも年寄りが自転車でお遍路をしていることに少しびっくりしていたが、こっちはキウイフルーツにびっくりであった。土佐清水市街のナシ・ブドウといい、四国の農業が変わってきていることが身をもって感じられた。

◆一気に4寺をまわる
 
浄瑠璃寺(じょうるりじ)と言う名のお寺は奈良にもあり、私のお気に入りのお寺の一つである。納経所の女性から浄瑠璃寺の由来を聞かせてもらう。ご本尊が薬師如来なので浄瑠璃浄土の名にちなんでいると言う。ここで接待用の冷たい水があり、その女性にすすめられて空になったボトルに入れる。接待用の水をおいてくれているところは今までなかったように思う。うれしい心遣いである。
  次の八坂寺(やさかじ)は浄瑠璃寺から800メートルのところにある。ここは非常ににぎやかで色彩豊かなお寺で朱の色がいたるところに塗られておりカラフルなのぼりが何本も立っている。ちょうど万灯会が15日にあった名残なのかもしれない。アイスクリームの露天でアイスクリームを買う。岩尾寺であった御夫婦に再会する。西林寺(さいりんじ)へは約5キロ。207号線・40号線を北上する。途中うどん屋で昼食を。人がいっぱいだ。西林寺から浄土寺(じょうどじ)まで約3キロを走る。

◆ゆっくりとした時間の流れを感じる
 
40号線を北上。また繁多寺(はんたじ)までは2.1キロ。お寺の前、でまたまたアイスクリームを。(いくつ食べるんだ!!)おばあさんが露天商のおじさんの横に席かけていた。「学生さんか?」と聞かれて、しばし絶句。目を悪くしておられるか、もしくは自転車で来るのは学生しかいないと思い込んでおられるのだろう。「ありがとう」とお礼を言った。
  いずれにしても80歳位のそのおばあさんからみれば私たちはいつまでも若僧にちがいない。池をバックに2人のツーショットはなんともユーモラスでゆっくりとした時間が流れているのを感じ、なんとなく幸せな気持ちになった。そのおじさんに教えられていよいよ最終のお寺、石手寺(いしてじ)へ。

◆老若男女が集まる石手寺
 
石手寺は終着のお寺にふさわしくいいお寺であった。それに老若男女がたくさん集まっており、お遍路さんよりも地元の人たちが多いのであろう。回廊形式の参道の両側に店が並びさながら縁日のようである。「マントラ仏の生命の流れ」の案内のある所より洞内巡礼をする。洞窟の両側に石仏が並んでいて、幻想的で不思議な世界であった。最後の出口が大師堂の裏側にあった。石手寺を後に道後温泉へ。約2キロ位か。

◆道後温泉の元湯へ
 
お遍路の疲れと汗を落とすため元湯の本館に入ることにした。すごい人だ。がらんとしたお遍路のお寺をまわって来た私には、一気に都会に引き戻されたように感ずる。道後温泉の湯はすごく熱い。温泉に行くと、いつもは半身浴で長時間入るのだが、5分と入っていられない。足と腕がチリチリに焼けているせいもあるのだろう。カラスの行水よろしくすぐにあがり、外に出た。外のほうがよっぽど涼しい。外側にはくくりつけの長椅子がありそこで涼む。
  60過ぎの男性に声をかけられる。話していると塾をやっていたとのこと。しかも石手寺の中でやっていたと聞かされびっくり。石手寺の先代和尚さんのたっての頼みで、やり始めたとのことであった。今はリタイヤして毎日温泉に通っているとのこと。「世の中よくするプロジェクト」の構想を述べ、一緒にやりましょうと話した。次回は石手寺が最初のお寺になるのでまた再会することを約して、観光フェリー乗り場へ向かった。

◆今年も終わった
 
平和通り405号線を西へ。底をついた財布を補充するため、途中ATMで現金をおろす。フェリー乗り場には8時頃につく。フェリー乗り場にあるビールの2階で食事をする。海を眺めながら少し生ぬるい風の中、ビールの冷たさが気持ちよかった。「今年も終わったなあ」としばし感慨にふけった。9時30分頃から切符が発売される。予約しておいたのでスムーズに切符を買うことができた。フェリーは10時40分に出発。大部屋であった。疲れていたので朝まで結構眠れた。ただクーラーが効きすぎているので少し寒かった。

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