平成18年8月16日
◇歴史が息づく讃岐
5時20分ごろ起床。6時に朝食をすませ6時39分ホテル出発。約5キロ先の79番札所天皇寺へ向かう。道路標識には高照院となっており少しとまどう。遍路本によると、保元の乱で敗れて讃岐国に流された崇徳天皇ゆかりの寺であると書かれている。1868年(慶応4年)の神仏分離令によって廃寺となり、札所はこの高照院に引き継がれた。このため地元では「高照院」と呼ばれるようになったそうだ。これで標識のなぞが解けた。隣接して白峰宮という神社があった。7時過ぎに天皇寺についたのだが、寺ではすでに数人のお遍路さんが納経所の開くのを待っていた。
天皇寺から次の80番札所國分寺までは7キロ。11号線を東へ走る。國分寺には7時49分頃に到着。境内の池の中にビワをひく「お願い弁財天」がまつられ、その前に七福神像が並んでいる。42番札所仏木寺も弁財天がまつられていて、昨年七福神の人形を買った。この弁財天さんに塾の経営安定をお願いした。大師堂の中に納経所がありみやげ物も販売されている。ちょっと珍しい大師堂であった。ここで四国八十八ヶ所巡拝絵図を購入する。広げるとA2位の大きさの地図になる。八十八ヶ所のお寺をすべて見ることができ、塾の壁に一枚貼ってある。私にとっては自転車で巡った足跡として、この地図を見るたびに心が高揚する。それにしても四国で一番面積が小さい讃岐の国にはお寺が密集していることがよく分かる。
◇絶景、白峰寺への道
次の81番札所白峰寺まで13.5キロ。香川県の山岳地帯五色台に建つお寺である。33号線を少しもどり11号線に入る。2車線の大きな道路である。それに続く県道187号線を少し入ったところで右折、県道180号線に入る。道は広く走りやすい。えんえんと続く5.7キロの坂道をのぼる。途中何回か小休止をとる。眼下にはおだやかな瀬戸内海がながめられ瀬戸大橋もみえる。絶景である。昨年は土佐港、豊後水道が眺められたが海ばかりで陸地は見えなかったので殺風景だったが、今見ている景色は本州がはっきりと見え、なんとなく落ちつく。日は高くのぼり、あたりには日をさえぎるものが何もなく、時折、山から吹き下ろしてくる風が心地よい。この大自然の中に包まれている幸福を味わう。四万十川ウルトラマラソンで四万十川に沿って走ったときと同じ感覚だ。日ごろ生活の中では味わえない、人と自然との一体感だ。時折自動車が通るが、台数は少なくまた道幅が広い。ジグザグ走行ができ、今までになく走りやすかった。
9時32分白峰寺到着。この寺には天皇寺にゆかりの崇徳上皇の御廟所が祀られている。勅願門の手前に「玉章(たまずき)の木」と呼ばれるけあきの木が1本あり、柵をして保護されている。上皇にまつわる伝説の木である。あまり立派なので写真におさめる。木を写真に取ったのは確かこれで2回目である。山寺らしい素朴な風情を感じる。標高約350メートルらしいがもっと高く思える。今回の巡拝で気に入ったお寺のひとつである。
◇あと六寺
82番札所根香寺までは約8キロ。上りと下りのアップダウンを繰り返し道の両端にある木々の中を山のほうへ徐々に登っていく。日かげと、木々のおかげでずいぶん涼しい。五色台スカイラインの料金所を素通りして、根香寺に10時51分到着。約50分位でついたことになる。しめ縄を巻いた「白猴欅(はっこうけやき)」があり樹齢約1600年以上、幹周りは7メートル。昭和50年に枯死してしまい根のみ残し、屋根で覆われて雨露をしのいでいる。今まで幾多の人間模様を見てきたのであろう。まさに神木である。本堂の手前に回廊式の「万体観音堂」があり手のひらサイズの金色の観音像が整然と並んでいる。その数3万体にのぼるといわれ数の多さに圧倒されてしまう。今日の予定は88番札所大窪寺にお参りして、夜高松からフェリーで神戸へ帰ることであった。先を急ぐ。あと6寺だ。
83番札所一宮寺までは18キロ。山を下り180号線を東へ。高松市内に入る。高松インターを目印に途中右折して12号線入り平地にある一宮に着いたのは12時32分。神仏習合(しんぶつしゅうごう)の名残りをとどめ境内に紅の鳥居があり、雄、雌一対と雄によりそう子狐の石像が建っている。その姿がトトロに似ていて思わず笑ってしまった。
◇誤算。屋島ケーブルがない!
一宮寺を後にして12号線から11号線に入る。栗林公園を通りすぎ、直角に曲がった11号線を東へ向かう。屋島ドライブウェイの標識を見て左折する。ところが地図に書いてある屋島ケーブルが動いてないことが分かる。大変な誤算だ。屋島ドライブウェイはかなりきつそうだし、白峰寺、根香寺の坂道で足はかなり疲労している。料金所の警備員の人に教えられて遍路道を登ることを決心する。市立屋島小学校横に自転車を止めて84番札所屋島寺まで急な坂道を歩く。約30分位で屋島寺仁応門に到着。一人の年老いた男の人が、丁寧に合掌している。ピーンとした空気がただよっている。ここを通る人はほとんどなく、多くの人は駐車場からお寺に入るので、この仁応門の存在すら知らないのであろう。幸い私は歩いたおかげで、この立派な仁王門を知ることができた。静けさが源平の争乱の古戦場の「つわものどもが夢のあと」を実感させてくれる。鑑真ゆかりの古刹でもある。時間がないのでそくさくとお参りをすませ、下山する。自転車のところに戻ったのは3時22分。大窪寺まで約39キロ。この時点で、今日中に大窪寺まで行くのは無理と判断。もう一泊することに決める。フェリーの予約もキャンセルした。
◇最善の方法
11号線をさらに東へ向かう。85番八栗寺までは7.7キロ。ケーブルカーの時間が気になる。八栗寺の大駐車場に着いたのは4時21分。30分発のケーブルに乗る。下りのケーブルの関係でお参り、納経もゆっくりできず、5時のケーブルで下山する。大駐車場から87番札所長尾寺のすぐ近くの遍路宿「ながお路」に予約の電話を入れる。もと来た道とは違う道を下って再び11号線に出る。11号線を東へ。志度寺には5時20分に到着。あわよくば納経をという思いで納経所に急いだが納経所は閉まっていた。そこで色々考えた末、まだ明るいので今日のうちに志度寺と長尾寺にお参りだけをする。そして、明日88番札所大窪寺を巡拝した後、高松へ戻るとき長尾寺、志度寺に納経に寄ることにした。お参りをしておけば一応順序をふんでいると、少し手前勝手な考えではあるがそれが最善の方法だと自分に納得させた。
◇人は会うべき人に会っている
志度寺、長尾寺にお参りして「ながお路」に着いたのは6時20分。ここで、曼荼羅寺で出会った自転車お遍路の古沢(こさわ)さんに再会する。本当に不思議なご縁だと感心してしまう。この日の夕食のとき、堤さんという50才代前半と思われるお医者さんと同席する。堤さんは次の職場に変わるまで時間があって歩きお遍路をしている。40日近く歩いて、明日は私と同じように大窪寺で結願の日となる。喋っているうちにビールを注ぎあうようになり、家族のこと、仕事のこと、お遍路のことをとどめなく話すことになった。
そして目の前にいる堤さんに、近い将来歩きお遍路をしている私を重ね合わせている自分に気がついた。このことを確認するために私はこの「ながお路」に泊まることになった。いろんな障害があり、1日遅れで帰ることになったのは必然であった。そして、何よりも「88番札所大窪寺に今までの巡拝に思いをはせながら、ゆっくりお参りしなさい。」という声なき声だったのもかも知れない。夜中から雨が降り出した。11日にお遍路に出てから初めての雨だ。台風が来ているので明日は荒れるとの天気予報。明日晴れてくれることを念じつつ床についた。 |